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市議選レポート

■決意は固めたものの

 妻の承認を取っているだけで、選挙の準備は何もしていない。第一選挙の「せ」の字も知らない。お金がいくらかかるのか、どんな届けが必要なのか、何も知らない。組織や後援会に押されての立候補ではないから、選挙を組み立ててくれる人間の当てもない。

 まず最初のきっかけを作った商店街仲間のT君に報告した。僕の決意を聞くと、「がんばスタンプとしては松坂さんが選挙にハマる間、また市議になって後も戦力ダウンになりますが、自分が責任持って支えるから心配しないで。松坂さんなら黙ってても当選ですよ。」と超楽観主義のT君。しかし、選挙参謀をお願いしようと考えていただけに、ちょっと拍子抜けでもあった。

 森岳商店街も森岳まちづくりの会も事情は似たり寄ったり。自称事務局長の松坂は他称雑用係長でもあり、松坂が市議になることは戦力ダウンで、こちらは頭っから当選するとは思っておらず、準備が遅すぎるよ、金もかかるらしいけど大丈夫か、と引きとめにかかる始末。前途多難。

■説得

 立候補にあたって、最も心に引っかかったのが、森岳商店街の会長さんだ。会長の奥さんの親が市会議員なのだ。のちのわが会派長:荒木昭蔵議員その人である。身勝手な話だが、荒木先生が引退してくれれば、話は楽なのになあと期待しても、今回も荒木先生は元気だ。

 会長は「止めはしないが、選挙は大変だよ。商店街の推薦は出すように努力するが、自分はこういう事情だから親父を応援する。」と言いながら複雑な顔をなさっていた。私も罪なことをする。私にとって、自分の一番基礎票にすべき組織である。自分が最も誇りにしている組織で、十年来まさに苦楽をともにしてきた尊敬する会長がそばに付いてくれないわけである。「4年後というわけにはいかんかなあ、いかんよなあ」僕が金を持たないのをよく知っているだけに「金はあるのか?」と心配しながら「選挙の時は人口が3〜4倍に膨れるからなあ、800がラインとして3千票はリストアップせんといかん。」と。

 上の町2区町内会会長さんは森岳商店街の同志でもあるが、商店を営んでいるから大変である。お得意様の中に現職議員関係者が何人もいらっしゃるからだ。しかし快く表に立ってくださり、町内会の推薦を取り付けていただいた。

 森岳まちづくりの会は政治色を持たずに来たから、推薦が取れるかなと心配したが、すんなりOKを出してくれて、代表のY君も表に立ってくれた。

 商店街連盟は、慣例で推薦希望候補者には誰でも推薦を出すことになっている。連盟会長はこれまでの経緯があって、既に他の候補者の後援会長である。形式だけだが、(島原の商店街を最も深く愛している自負をもって、)商店街連盟の推薦もいただいた。

 筋だけは通すべし。いままで世話になった人、お客さんで議員関係者など、新聞発表になる前にと、走り回り「立候補予定である」旨を伝えたつもりだが、何せ急な決心で、後で、かなりの人たちから「なぜ俺に相談しない!」とお叱りを受けた。そのとおりであります。
 
 温度差はあるものの、友人知人は(他人事でもあり:失敬)絶対反対は無く、投票するしない、当選するしないは別として、まあ受け入れてくれたわけです。問題は親戚だ。いろんな関わりが生じてくるからだ。心配して心から反対してくれる気持ちも分かり、ありがたいが、私の決心は固く、押し切った形となった。

 結局一番難航したのが母親である。今まで店の経営方針などいろいろ文句は言っても、しぶしぶ受け入れていた母親であるが、今回だけは絶対に許さないと言う。自分を殺してからにせろ、ビルの屋上から飛び降りると言うのである。私の今日があるのは商店街会長のおかげであり、これまでどれほど迷惑をかけお世話になってきたか。その会長に反旗を翻し恩をあだで返すような、そんな人でなしに育てた覚えはない!「 会長には真っ先に相談した。」と言っても、表面は認めるしかなかろう、心中どれほど困っておられるか考えてみろ!と。

 これ又いつも世話になっている商店街の長老N氏と、会長がわざわざ訪ねてきて、母親を説得してくれました。「荒木の親父に報告したら、『それは良かった、街なかの若いもんが出てきて欲しいと思っていたところだ』とのこと。森岳商店街としても(痛手ではあるが)是非彼のような人間を送り出したい。十分考えてのことのようだから、許可していただきたい。」と。ここまで来て、母親は感謝の涙で受け入れたわけである。説明会前日のことだった。   

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