2004/5/26記  公日記へ トップへ

やっと全員協議会(島原市議会)5/21

有明島原の合併問題が今の島原にとって最重要課題であるとすれば
11月1日の合併に向けて、日程を逆算すれば、一刻も早く合併協議を進めなくてはいけない。

県の助言では11月1日の合併を実現するには6月定例県議会に
提案をする必要があるという。(9月県議会では確実にOKとは言えないと言う)

県議会に提案するには有明島原それぞれの議会で合併を可決しなければならない。
同じく6月市議会町議会定例会で、早めに可決して、(県議会のほうが長期間だから)
県議会にまわすという曲芸をやらなくてはならない。

ここまでくると、県議会で7or8月臨時議会の召集をお願いするしかない状況だ。
もちろん6月県議会の前に臨時市議会(町議会)を開く方法もある。
でも、もう5月の末だ。

県議会はほとんど承認可決だから問題は肝心の両市町議会議決だ。
この両議会開催までに

●合併協議43項目すべての協議確認。を終えなくてはならない。
(肝心の議員の定数任期や組織機構の問題が残っている。)
●住民に対する新市建設計画の説明がなされなければならない。
(市長は説明会を実施すると明言しているから、しないわけにはいかない)
●そして(これはセレモニーだが)合併調印式

以上通過しないことには議会に合併議決をのせられない。

その43項目のひとつ議員の定数任期でストップしている。
(組織機構の問題も助役の数、部制の可否など問題山積で手付かず)
議員の扱いについて、小委員会が設置されて、
小委員会開催の条件は
島原市議会がまず学識委員の提案(在任を採るなら報酬減)を受け入れられるか
でなければどのような代案があるか、とにもかくにも島原市議会の対応次第
と言う条件。

島原市議会議長の最重要緊急課題は、早急に全員協議会を開催すること。
議長は自ら合併協議会の委員でもあるから、4月30日の合併協議会終了後
すぐにでも召集をしなければならなかった。

それから、な、何と20日間も間を空けての全員協議会開催である。
不真面目と言うか怠慢と言うか自覚がないというか、何たることだ。

合併協議会の事務局に
「小委員会の開催のために市議会全員協議会を開催するよう議長に要請したか」と
問い合わせたところ、言わなくてもわかりきったことだから要請していないと言う。
(もちろん文書による要請はない)
言われなきゃしないのか!
合併協議会の会長でもある島原市長に、議長とは
いろんなセレモニーでしょっちゅう顔をあわせていながら、
催促はしたのかと問い合わせたところ
会うたびに早く小委員会を開催しなければと催促はしたと言う。
(全員協議会を開いて報酬問題を議論するようにというような)
具体的な(文書等による)要請ではなかったようだが
議長の方、わかってもよさそうなものである。

4/30の協議会ではあそこまで具体的な話が出ていたのに具体的な話は避けるかのようにして
時間だけが過ぎてしまった。
(5/7に島原の委員が集まって、4/30の内容を再検討したが平行線だったという。)

全員協議会の招集をかけない議長は議長失格であり、
会議を開かせることもできない市長は市長失格であり、
もちろん合併協議会会長などとっくに失格である。
二人ともまったく適性を欠いている。
その二人を動かせない官僚(市も県も)も情けないが
結局責任を負うべきは市長になるのであろう。
不幸なのは市民である。

5月17日全員協議会(5/21)の招集を受けて私は激怒した。
全員協議会の議題に「合併における議員の扱いについて」と言う項目が載っていないのである。
毎月21日は報酬日をかねて、恒例で全員協議会がある。議長にとってこの協議会は
毎月の通過儀礼であって、特に合併協議会の流れを受けての行動ではないのである。
私はすぐに抗議した。「なぜ合併問題を協議事項からはずしたか」との問いに
「各種会議報告の項目で合併協議会の報告もあるからそれに関連して意見を言えばよかろう。」
と。私は激怒を通り越して諦めの境地に立った。市民は不幸だ。

他の議員からも要請があったらしく「差し替えられた全員協議会招集」にようやく
合併問題についてという1項目が追加された。

こういうだらしない市議会をその議長に責を負わせて非難するのは天につばする行為であることは
十分承知している。私は現議長には投票しなかったが,議会の総意で選んだ議長である。
住民皆様も、皆さんが選んだ議員であり、市長であることをヨーク考えていただきたい。

前置きが、ずいぶん長くなったが、全員協議会の協議結果は
編入の4で行こうと多数決で決まった。
(投票なので誰がどうかは不明)
編入の4であれば当然在任を採るから報酬問題、
具体的に言えば14%カット問題が出て来るわけだから、その場合を見越して
それを受けるか、受けないなら代案を考えましょうと主張したが、そのときは
そのときだということで、報酬問題が出たら持ち帰るということで、
会議は打ち切られてしまった。

合併協議会の流れをまったく無視したこの会議のあり方に私は失望した。
次の小委員会で、学識委員にまた叱られて、出直し。市議どもは保身ばかり
と言われるのが目に見えている。時間稼ぎとも取れる。

これで次の小委員会なり、12回合併協議会で学識委員が鳴りをひそめたなら
調整工作(中間交渉説得)があっているものと考えられたい。
ちょうど1市5町が崩れるとき、市長も学識もあれだけ対等を主張していたのに
手のひらを返して主張をやめ、別の理由(あの時は庁舎の位置問題)にすりかえた。ように。

私の考えは、こちら(途中までは市議会多数決と同じ考えですが・・・結論は違う)